読み込み中
CC0CC0前が尖り後ろに短い裾の付いた胴、腰の後ろに張り出すバッスル、高い立ち襟と長袖、前にドレープを重ねたくるぶし丈のスカート。
このドレスで作る明治政府は欧米との条約改正をめざし、1883年に東京・日比谷に社交場「鹿鳴館」を建てて舞踏会を開いた。皇族・華族の女性たちは当時ヨーロッパで流行していたバッスル・スタイルのドレスを仕立てて着用し、1886年以降は宮中でも洋装が正装とされた。昼の服は高い襟と長袖、夜会服は襟ぐりを開けた形。楊洲周延(ようしゅう ちかのぶ)らの錦絵に、その姿が色鮮やかに描かれている。